これはかつて、人間と神様が同じ世界で暮らしていた時の話。

光に包まれた国『エンジェランド』。
そこは、2人の女神が治めていた。
一人は、光の女神『パルテナ』。
彼女は人間達が豊かに暮らせるように世界に暖かな光を与えた。
そのため、世界は常に安定した平和が包み、
その中で人間達は何不自由なく暮らしていた。
もう一人は、闇の女神『メデューサ』。
しかし彼女は人間をとても嫌っていた。
嵐を起こし作物を吹き飛ばし、
大雨で世界を薄暗い闇で包み人間達を困らせる事ばかりしていた。
勿論パルテナがそれらを見逃すはずはなかったが、
人間に直接危害を加えているわけでなかった為
何か問題が起こる度にそれの後始末を行うばかりであった。
あまりにもその頻度が高い為、痺れを切らしたパルテナは親衛隊を募り
その隊長を務める事になった少年『ピット』にメデューサの監視を命令する。
彼はメデューサの砦に潜り込んでは、手が回される前にパルテナへと伝えた。
こうしてまた、エンジェランドには平和な日々が戻りつつあった。

しかし、それは長く続く事はなかった。
メデューサは気に食わなかったのだ。
しばらく身を潜めていた彼女はにたりと笑い
パルテナの前へと現れた。

その時、偵察に行った兵士の何人かが
なかなか戻って来ないという報告が入った。
不審に思ったピットは確認するため、
急いでメデューサの砦へと向かった。
しかしそこで彼が見たのは、あまりにも悲惨な光景だった。
石像のように固まった何人かの人間が、
どこからか沸いてきた魔物によって粉々に砕かれている。
それだけでなく、建物は燃やされ、町は破壊され、もはや跡形もなくなっていたのだ。
あまりにも酷いその惨劇に、遂にパルテナは怒りを露にしメデューサに呪いをかけた。
美しかった身体はあっという間に鱗と成り代わり、手足には鋭い爪が生えている。
そして光に包まれたかと思うと、メデューサはそのまま地下深くへと送り込まれていった。
こうして闇の女神は表舞台から姿を消し、また平和な世界が戻るはずだった。

ところが、日も経たない間に再び悲劇が起きた。
突然神殿に衝撃が走った。どうやら地上界から来たものらしい。
パルテナは直ぐに親衛隊を集め、
様子を見に行くよう指示を出そうとした矢先、
地下深くにある冥府界にいるはずの魔物が
突然天空の神殿へと潜り込んで来たのだ。
それはあまりに数が多く、あっという間に神殿内を埋め尽くされてしまった。
不意を突かれたパルテナ軍は防戦一方であった。
魔物達の攻撃は留まる事を知らず
神殿の奥深くに封印されてあった
パルテナ軍の力の象徴である『三種の神器』を遂に奪ってしまった。

対抗する手段をあっさりと奪われてしまったパルテナ軍はもはや壊滅寸前だった。
メデューサはパルテナにひとつの提案を出す。
降参すれば兵士らを殺しはしない、抵抗すれば・・・
全てを聴き終わる前に
パルテナは兵士や人間の身を案じ、
自らを犠牲にする事を決意した。
勝ち誇ったかのように高らかな笑い声を上げるメデューサ。
神殿の奥深くにパルテナを閉じ込め
残っていたパルテナ軍の兵士達を石に変え、
一部を冥府界の奥深くへと幽閉してしまった。
光の国だったエンジェランドは
闇が住まう暗黒の世界へと成り果ててしまったのだった。



神殿の奥深くで、パルテナは最後の望みを一人の少年に託した。
それは小さな光となり、地下深くに捕らえられていた彼の元へと届いた。
光が弾け、その中から小さな金色の弓矢が姿を現した。
少年はそれを受け取ると、遥か上空の天空の神殿目指し
旅立つ事を決意することとなる。

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第一章『冥府界』 
「最初の挫折」編

空気は酷く湿っていた。積み上げられた瓦礫で光は遮断され、
微かに揺れる燭台の炎だけが頼りだった。
この世のものとは思えない光景がそこには広がっていた。
少年は見慣れない光景にただ圧倒されるばかりだった。

「ここが…冥府界、か」

生物の生々しい呻き声、闇の奥から響く風のうねる音
どこまでが通路かも定かではない暗い湿った道。
光に包まれていた世界で暮らしていた彼にとって
これはまるで別世界のようなものだった。
一歩足を踏み出せば、たちまち暗闇に溶けてしまいそうな
おぞましい空気に目眩がする。
しかし幸いにも、近くに魔物の姿は見当たらない。
どうやらほとんどが天空の神殿の警備に回されているのだろう。

「今のうちに進めそう…かな。でも、随分高いなあ」

見上げると、上へ上へと道が続いていた。
所々に歩けそうな通路はあるものの、
崩れかけているせいか足場が安定していない。
人間一人がようやく立てるような足場ばかりで、
すんなりと行けるような道は今の所見つからなかった。
時折宙に舞う魔物が気掛かりだったが、じっとしていても仕方がなかった。

「仕方ない…とにかく、魔物に見つからないように行こう」

少年は意を決して歩き始めた。瓦礫を登り、足場を飛び越え、
時々落ちそうになりながらも何とか進み続けた。
ふと、上から何かの気配がして立ち止まる。ズル、ズル、と
何かを引き摺るような音が上から聞こえてくる。
しばらく耳を欹てていると、それが複数の蛇のような魔物であるという事に気が付いた。
どうやら人間の足音に反応して動いているようだ。
なるべく囲まれないようにと、慎重に足を進める。

「多分、この真上にいるんだよね・・・
 まさか、天井が崩れて、なんて事起きないよね・・・」

なんて事を考えていた矢先、突然崩れてきた天井から
4匹の小さな蛇のような魔物が姿を現した。

「そんな・・・っ!」

思い切り不意を突かれた少年は慌てて弓矢を構え、そのまま力の限りに放った。
ギャーという雄たけびを上げて、一匹の蛇が光の粒となって消える。
しかしその後ろからまた違う蛇が寄ってくる。
少年は無我夢中で矢を放った。寸での所で
何とか全ての魔物を退治する事に成功した。
だが、少年は見てしまった。天井に赤いヌメヌメした物体が
大きな目玉でじっとこちらを見ているのを。

「フヒヒ、ガキのくせになかなかやるなァ・・・」

「なっ魔物が・・・喋った!?」

「そりゃ、人の言葉くらい話せるさ。
 それより、お前美味そうだなァ・・・
 このネトラ様の餌食になりなよ!」

そういうと、魔物は突然天井から少年に向かって飛び掛ってきた。
とっさに弓を構え、それを放つ。が、魔物はひらりとそれをかわす。
魔物の動き自体はとても遅いはずなのに、矢は魔物の横を掠めた。

「へっへっへ、そんな攻撃はネトラ様には効かないぜ」

「なんてすばしっこい奴なんだ・・・矢が全然当たらないよ」

見た目はナメクジのような、いかにも鈍い容姿をしているのだが
放たれる矢を受け流すように次々とかわしていく。
その動きは見た目を大きく覆し、徐々に少年へと近付いてくる。
遂には壁際まで追い詰められ、後にも先にも進めなくなってしまった。

「さあ、大人しく食べられな!」

魔物が大きく口を開き少年へ飛びかかろうと目をカッと見開いた。
その瞬間だけ、

「っそこだ!」

「!?・・・そ、そんな」

少年は魔物の目を狙って思い切り矢を放った。
真っ直ぐ飛んだその矢は、見事魔物の目を貫いた。
耳に劈くほどの断末魔は少しずつ小さくなり、
やがて光の粒となって消えていった。
すっかり腰を抜かしてしまった少年はようやく状況を把握し
また次の魔物が来る前に急いで先へ進むことにした。



「遠いなあ・・・」

どのくらい進んだだろうか。
同じような道ばかりが続き、
先ほどから全く進んでいるように思えない。
それどころか、同じ所を何度も何度も通っているような感覚にさえ陥る。
ただでさえやるせない状況なのに、
脆い床に足を何度も取られて下へと落とされることもあった。
もう自分が今どこにいるのか分からない。
どこを目指しているのかさえ分からない。
しかし魔物は容赦なく襲い掛かってくる。
満身創痍の中、小さな扉があるのに気が付いた。
不思議と、内部には魔物の姿がなかった。
迫り来る魔物から逃れるように少年はその扉に駆け込んだ。

「はぁ、助かったぁ・・・」

扉の中はいくつもの小さな燭台が置かれていて、ほんの少し暖かかった。
ふと目を向けると、中年の男がこちらを見て小さく笑っているのに気が付いた。

「いらっしゃいませ」

「え?ここ・・・お店なの?」

「はい。何でも屋でございます」

言われて見れば、確かに商品らしいものが数点並べられていた。
しかしこんな所に客なんて来るのだろうか。少年は一度尋ねてみた。

「あの、どうしてこんな所でお店を開いているんですか?」

「ここは本来兵士の宿舎だったのですが
 その兵士達が突然いなくなってしまってね
 使えそうな物資をこうして売っては
 ここへ迷い込んだ人間達に買わせているのですよ。
 まあ、どうせここから出られるはずがないのですがね」

冥府界は元々人間が立ち寄るような場所ですらないのだが
今回の事件で散り散りになって逃げ込んだ一部の人間が
魔物から身を守る為にこの店を利用していたらしい。
しかしここへ来るまでの間で、一人として人間の姿を見なかった。
恐らく魔物にやられたか、延々と深部で迷っているのか・・・

「君は見たところ、天空界の人らしいね。
 この先は魔物が沢山いるから気をつけたほうがいいよ。
 困った時はここを利用するといい、・・・お金はもらうけどね」

どこか薄気味悪い笑みを浮かべ、店員は少年から顔を反らす。
少年はどこか居心地の悪さを感じ、
軽くお辞儀をしてそそくさと店から出て行った。


再び薄暗い道を進んでいくと、
今度は青黒いローブを身にまとった死神のような魔物に出遭った。
手には大きな鎌を持っており、
時々覗かせる赤い目は思わず身が竦むような気配を漂わせた。
しかし魔物はこちらには気付いていないようで、
辺りを見回りながらウロウロと歩いている。
何とかかわして進みたい所なのだが、
道は狭く魔物を飛び越えなければならなかった。
少年は魔物の背後にぴったりとくっつき、
気付かれないよう慎重に次の足場へと進む。
じりじりと足場へと近付く。
そろそろ飛び越えられる距離まで来るという時に
魔物は突然後ろに振り向いた。
そして少年に気付くなり物凄い大声で叫び、暴れ出した。

「シンニュウシャー!シンニュウシャダー!」

「わあっ!そ、そんな騒がれたら・・・」

少年が言い終わる間もなく、
遠くから小さな魔物が列をなして現れた。
それはローブの魔物と瓜二つな姿をしており、それぞれ手には鎌を持っている。
カタカタと歯を鳴らしながら、小さな魔物の列は少年を取り囲むように回りだした。

「シンニュウシャー!シンニュウシャダー!」

「デテイケ!デテイケ!」

「うるさいなあ!」

ぐるぐると少年の周りを回りながら
どこまでも追ってくる。とにかくしつこいのだ。
頭上で騒ぎながら、時折鎌を振り回してくる。
そしてまたぐるぐると回り出す。
その声につられて、他の魔物も次々と少年の方へ寄ってきた。
いや、正確には小さな魔物に気を取られて
自ら魔物のほうへ向かっていただけなのだが。
ようやく上へと逃れたと思いきや、
そこでもまたローブを身にまとった魔物と鉢合わせてしまう。
真っ赤な目をぎらぎらと光らせ、鎌を振り上げながら大きな声で騒ぎ出す。
そしてまた小さな魔物が列をなして少年の方へと向かってくる。

「シンニュウシャー!シンニュウシャダー!」

「もー!なんなんだよー!」

半ばヤケになりながらも、少年はひたすら前へ前へと強引に進んでいった。
立ち止まればたちまち囲まれて鎌で切り裂かれてしまうからだ。
騒音の中をただひたすら走り抜ける。死神に囲まれ集中力も散漫になっていった。
突然、体が宙に浮く感覚を覚えた。一瞬思考が止まり、目の前が真っ白になる。
そして勢いよく視界が乱れ、ああ自分は今落ちているんだと
気が付いた時には目の前が真っ暗になっていた。
意識が徐々に薄れていく最中で、少年はただ一言呟いた。



「ヤラレチャッタ」



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