序章 〜あまりに多すぎた出会い〜


「ふぅ・・今日もいい風が吹くぜ」
一人の青年が、大きな木にもたれかかっていた。
目を引く大きな斧を所持する彼。そんな彼に、一人の女性が近づいてきた。
「あの・・・すみません」
綺麗で長い亜麻色の髪に、上流階級の婦人が切るような神聖にも見えるドレスを着ている。
一目でお姫様のようだと思わせるその女性は、どこか困った顔をしていた。
「は・・・はい!」
「ここがどこだかご存知でしょうか?」
美しさに惑わされつつ理性を保つ彼は道に迷ったのだろうか、と考えた。
「ここはセントライトって街の近くののどかな丘ですよ。」
「そうですか・・ありがとうございます」
「・・ところで、緑がいっぱいあるぐらいしか取りえのないここに何のようですか?」
事情が気になって仕方ない、と言わんばかりに彼は疑問を口にした。
「その・・・恥ずかしながら、道に迷ってしまったのです」
「・・・道に迷った?」
彼はさらに疑問を持った。この辺りには、迷うような道は無いはずである。
それならば、どこから来たのだろうか?と。
「失礼ですが、どこの国から来たんですか?」
そう聞いた彼は、聞いたことのない単語を聞くことになる。
「えっと・・ハイラル王国です」
恥ずかしいのか、言いにくい事情があるのか何なのか、少し小さな声で確かに彼女はそう言った。
「・・・・・え?」
彼は、しばらくの間固まることしか出来なかった。

「姫!どこへいかれたのですか!返事をしてください、姫!」
一人の剣士風の青年が声を張り上げる。
うっそうと生い茂る木々の中を愛馬『エポナ』と共にすり抜け、
先ほどまで側にいた一人の女性を探していた。
「おかしいな・・・はぐれるような暗さではないはずなのに」
とある城まで姫を護衛する最中の事だった。
小さな洞窟を抜けた途端、天地が逆転したかのような錯覚に襲われ
気が付くと側にいた姫の姿がどこにもなかったのだ。
青年は辺りを見回すが、人の影どころか獣の姿さえ見かけることはなかった。
もう一度名前を呼ぶが、その声はむなしく森中に響き渡るだけだった。
慣れない道を駆けたせいか、相棒のエポナが足をふらつかせている事に気がつき
近くにあった湖でしばらく休息をとる事にした。
「昼間なのにこの暗さか・・・姫は大丈夫だろうか」
カンテラに明かりを灯し、軽く辺りを散策してみる。
同じような木々ばかりが生い茂り、まるで天然の迷路のように入り組んでいた。
雨でも降っていたのだろうか、地面はじっとりと湿っていて滑りやすく
低く生え揃った植物が更に足をすくいやすくなっていた。
ふと、まだ真新しい足跡が点々と残っている事に気が付いた。
それは森の更に奥へと向かっているようだった。
「人か?まだ近くにいるのだろうか・・・」
青年は木々をかきわけ、足跡を辿るようにそっと森の奥へと入っていった。

一人の女性が少し荒々しく声をあげた。
「だーかーらー、この辺の空間の揺らぎをキャッチしたのよ。間違いなくこの辺りに面白いものが増えてるハズよ」
まったくこれだから天才じゃない人はイヤね、とグチのようなものをこぼしつつその女性は歩いていた。
「面白いものって言っても・・どうせ厄介なものだろうぜ?」
服を黒で統一した、刀を持った青年と共に。
その2人が向かっている先は、丘や森といった木々が多い茂る場所の多い、とてものどかな方面であった。
「そういうアンタも、顔が笑ってるじゃないのよ」
「それはアンタもじゃないのか、天才科学者さんよ?」
皮肉まじりの会話を続けていたが、その直後に青年が眉間にしわを寄せた。
「ん?」
青年が立ち止まる。
「んあ?」
何だ何だと女性もキョロキョロと周りを見渡す。
「今・・馬の歩く音がしたような」
何かに導かれているかのように青年は的確に音のほうへ歩き出す。
「馬?この辺にいたかしら・・・って、ちょっと待ちなさいよ、こらー!」「天才のあたしを無視するとはいい度胸ねあんた!」
ちょっとアンタ聞いてるの!?と女性の怒号が、森に響いた。
それを無視し青年がしばらく歩くと、湖に着いた。そこには、湖の水を飲んでいる馬がいた。
その馬はタテガミや足は白いが、茶色の毛が多いすこしだけ変わった馬だった。
「こいつは・・・」
馬はこちらの存在に気付いたが、驚きもしなかった。むしろ、青年の方にゆっくりと近づいてきた。
「あら、やっぱり元騎士団だけあって馬の匂いがするのかしらね?」
「だったとしてもあんまし嬉しくねーな・・多分フレンの乗ってる馬の匂いだと思うし」
そう言いながら青年が馬の方に手を出すと、その馬が匂いを嗅いだ後に手を舐めた。
「こいつ・・鞍(くら)が付いてるな。誰かの馬らしいな・・」
※鞍とは乗馬用の馬が付けている背中のカバーのこと
「ふぅん・・てことはこの辺に持ち主がいるのかしらね。」
「多分そうじゃねーの?」「ま、俺はここに残るからアンタ一人で面白いものを探してくれ」
と言った後、青年は馬を撫でてやった。
「ちょっと、アンタは私の護衛なんだから一緒に行きなさいよ。これは命令よ」
「へいへい・・・分かったよ」
青年がやれやれ、とため息をついたその時。
バン!!と何かの音がした。
「何だ!?」
青年が警戒して剣を鞘(さや)から抜いた。
しかし、周りに異常はない。・・が、
「えへへ・・またずっこけちゃった」
と、近くの木の方から聞こえた。
「何があった・・?」
青年が音がした木の裏に回ると、金髪の少女が額を両手で抑えながら無邪気な笑顔をしていた。
「コレット!お前いつのまにここにいたんだ?」
コレットと呼ばれた少女は、青年の顔を見るなり青年に近寄った。
「えへへ・・ついさっき来たの。」「ユーリは、どうしてココに来たの?」
「いや、ハロルドがこの辺の異変をキャッチしたとか護衛になれとかいろいろ言ってきて・・・」
「そうなんだ、大変だねぇ」
ほわほわとした雰囲気を漂わせながらコレットは微笑んだ。
「・・で、お前はさっき何を・・・・」
喋りながら青年――ユーリは木の方を向き、全てを理解した。
「・・・また、ずっこけたのか」
「うん。」
えへへ、とまたコレットが笑った。
「ほんと・・・お前のドジは凄いな」
喋りながらユーリは、大きな木に分かりやすい凹みを見て冷や汗がたれるのを感じた。


「とりあえず、あたしはこの辺りを徹底的に調べるわ!さっき見かけたその馬といい、やっぱり怪しいのよね」
いつにも増して鋭い視線を森に向けるハロルド。まるで周りが見えていない。
呆れたユーリはしばらく馬を眺めていたが、どうも落ち着きのないその様子に疑問を抱いた。
「ん?なんだ、急に忙しなくなったな」
「本当、なんだかきょろきょろしてるわ」
主人でも探しているのだろうか、馬は辺りを歩き回り、落ち着きのない様子を見せる。
「そうだわ!」
突然ハロルドが大声で叫ぶ。
「こんな広い範囲を歩いて探そうだなんて無理な話なのよ。
せっかくだし、この馬を借りていきましょう」
「お前なあ・・・持ち主が帰ってきたらどうするんだ」
「そんなの知ったこっちゃないわ。置いていくほうが悪いんだから!
ほら、そうと決まれば早速・・・」
ハロルドが馬に跨ろうとした瞬間、突然馬は大声をあげて暴れ出した。
そしてそのまま、森の奥深くへと走り去ってしまった。
豪勢にしりもちをつく形となったハロルドは地団駄を踏み怒りを露にする。
「あたたた・・・なんなのよーあの馬は!」
「だ、だいじょぶ?」
「お前の無茶振りに嫌気がさしたんだろうな」
心配するコレットと、わざとらしくため息をつくユーリ。
また振り出しに戻ったかと思った矢先、すぐ背後から人の気配がした。すかさず剣を構えるユーリ。
「そこにいるのは誰だ!」
しかし、出てくる様子はない。それどころか、徐々に遠ざかっていく。
「待て!」
遠ざかる人影を追い、ユーリは森の中へと入っていった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あたしの護衛はどうしたのよー!」
続けてハロルドも後を追う。展開についていけないという風なコレットは一人取り残されてしまった。
「行っちゃった・・・どうしよう」
途方に暮れたコレットは、とりあえずその場に座り込んだ。
さわやかな風が頬を撫で、小鳥のさえずりが耳をくすぐる。先ほどまでの喧騒が嘘のようだった。
「とっても静かだね。なんだか眠くなってきちゃった・・・」
木にもたれたコレットは、そのままゆっくりと深い眠りへ落ちていった。


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